創設者

財団創設者 羽根田武夫

 
明治41年東京市本郷に生まれる。生家は大正から昭和初期にかけて、多くの作家や芸術家が住んでいたことで知られる「菊富士ホテル」。昭和4年 日本大学文科芸術科(現芸術学部)入学。同時にオリエンタル写真学校入学。6年イタリアの国際サロン写真展に出品・入賞。7年銀座に「ハネダ写真館」を開設。同年中央公論社嘱託カメラマンとして、『婦人公論』の口絵写真を担当。昭和8年日本大学卒業後ドレスメーカー女学院、ウテナ化粧品本舗の嘱託カメラマンとなる。11年 「ハネダ写真館」を目黒に移転、新たに「ツバメ堂写真材料店」も開設する。15年渋谷区道玄坂に「ツバメ堂」支店を開設。
昭和20年「ハネダ写真館」隣で「富士ホテル」を開業、ホテル経営に乗り出す。その後次々とホテルを開業し、30年「ホテルニューフジ」を「石亭」と改称し、高級割烹旅館を目指す。31年「ホテルハイツ」を「山のホテル」と改称。石亭流構図の庭園を開発。
昭和32年渋谷区松濤に本社ビルを新築する。36年熱海市桜ヶ丘に「あたみ石亭」を新築開業。以後、高級割烹旅館「石亭」を中心とした「石亭グループ」を形成した。
昭和49年紫綬褒章を受章。50年中国医師資格を取得。52年港九中医師公会名誉教授・名誉会長に。53年「社団法人東洋医療研究所」副理事長就任。54年日本拳法六段取得。55年当財団の前身「財団法人羽根田天然物化学研究会」会長・兼理事長に就任。56年富士製薬株式会社を設立、代表取締役会長に就任。同年財団法人試験研究法人と財団法人附属研究所・診療所の認可を受ける。
平成12年 93歳にて永眠